2007年07月30日

プロレスの神様

日本のマット界に大きな影響をもたらした「プロレスの神様」が、逝った。往年の名レスラー、カール・ゴッチ氏=ドイツ、写真=が28日(日本時間29日)、自宅のある米フロリダ州タンパの病院で死去した。82歳だった。死因は明らかにされていない。米プロレス有力サイトが報じ、日本のZERO1MAXなどの関係者も死亡を確認した。

 ゴッチさんは数週間前に自宅で倒れているところを発見され、入院していたという。

 ゴッチさんは、アマチュアレスリングのグレコローマンの選手として活躍し、48年ロンドン五輪にも出場。NWA世界ヘビー級王座(王者ルー・テーズ)に9度挑戦も、失敗。「無冠の帝王」と呼ばれた。

 61年4月、日本プロレスに参戦するためカール・クライザーのリングネームで初来日。芸術品といわれた「ジャーマン・スープレクス・ホールド(原爆固め)」を初披露し、日本へ持ち込んだ。68年には日本プロレスのコーチに就任。「ゴッチ教室」を開き、アントニオ猪木に卍固め、スープレクスを伝授した。

 72年1月の新日本プロレス設立に助力。その後はタンパの「ゴッチ道場」で木戸修、藤原喜明、藤波辰爾、佐山聡、前田日明、高田延彦、船木誠勝らを育成。正統派の“ゴッチイズム”を教え込んだ。82年1月の東京・後楽園ホールで木戸と対戦したエキシビションマッチがレスラーとして最後の試合といわれる。菅林直樹・新日本社長は「新日本の発展になくてはならない存在でした」と声明文を発表した。

2007年07月30日 サンスポから

 プロレスの神様ももうそんな年だったんですねぇ。

posted by at 11:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 転職
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